透き通る青空が、果てしなく広がっている。その色はただの青ではなく、どこまでも続く奥行きを感じさせる。
その空を裂くように、白く巨大な積乱雲が湧き上がっていた。
もこもこと膨らみながら、ゆっくりと形を変え、今まさに天へと昇ろうとしている。
陽の光を受けた雲の輪郭は眩しく光り、手を伸ばせば触れられそうなほど生々しい。
だが、どこまで見つめても届くことはない。
胸の奥で、懐かしさがざわめく。
幼い頃、ただただ空を見上げていた夏の日を思い出す。
何かに呼ばれるように、気づけば夢中で眺め、いつまでもそこに心を奪われていた。
あの頃も、今も、変わらない。
積乱雲はゆっくりと広がりながら、やがて静かに姿を変えていく。
けれど、この心の奥に刻まれる光景は、決して消えない。
あの青空と白い雲が、今日もどこかで誰かの胸を震わせている。
「中今(なかいま)」という感性を胸に
ふとした瞬間に出会う、心が震えるような風景。
それはただの景色ではなく、私たちの心に深く刻まれるもの。
流れゆく時の中で、過去や未来に心を奪われることもある。
けれど、「中今(なかいま)」という言葉のように、
この瞬間を生きることこそが、何よりも尊いのかもしれない。
美しさに心を震わせる今を慈しみながら、
今日という一日を、静かに、確かに味わっていきたい。
「中今」を日々の暮らしの中で感じるために
日常の中でも、「中今」を感じることはできる。特別な場所や時間を必要とするわけではない。
大切なのは、目の前の瞬間を、心のままに受け取ること。
たとえば――
- 朝の光がカーテン越しに差し込む瞬間に、静かに目を向ける。
- 一杯の温かいお茶を、香りや温度、口に広がる味わいとともにじっくりと味わう。
- 風にそよぐ木々の葉音に耳を澄ませ、その響きを感じる。
- 誰かと目を合わせ、言葉を交わすそのひとときを丁寧に受け取る。
「今ここ」に意識を向けることで、何気ない瞬間がかけがえのないものへと変わる。
過去や未来に思いを馳せることも大切だけれど、時に立ち止まり、目の前の美しさに心を開くこと。
その積み重ねが、豊かな暮らしへとつながっていくのかもしれない。
今日という日を、どんな瞬間とともに味わおうか。
そう問いかけながら、「中今」を生きていきたい。
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